Car / Life

“Child in Car”

そう、ご存知、”CHILD IN CAR”なのである。日本ではおなじみ。

「子供が乗っています」とか「子供がいます」と、外部の車に知らせる目的で見かける”Child in Car”ステッカー。日本ではかなり一般的となっている感じがする。よく見かけるし、車系の量販店でもいろんなバリエーションのものが売られてたりする。英語的には「車の素材として赤ちゃんが使われて…」みたいなニュアンスが出てしまうっていうのもあるとは思うけど(職業病)、まあそんなことはあり得ないので運転中に見かけても特に何とも思わない。ああいうステッカー貼るのって、子供乗っけてるのでうちはゆっくりめですよ、とか、子供乗っけてるのであまり煽ったり焦らせたりしないでね、とかそういうことを対外的には発信しているのだろうか。でも、子供とか乗っけていて、運転に一番気をつけなきゃいけないのって、運転している当の本人だよねとか思うわけですよ。するってえとこのたぐいのステッカーってのは、運転手に向けて内側に貼ったほうが良いんじゃないか?あ、俺/わたし、子供乗っけてた。慎重かつ丁寧に運転しなきゃ。みたいな。
閑話休題。

このステッカーの文言、Child in Carだけど、圧倒的に「冠詞」のないバージョンが多い。でも過去に、数えるくらいだけど、冠詞がついた”Child in the Car”を見かけたことがある。まあいずれにしろ、CHILD IN (THE) CARって、日本人がぱっと見てイメージしやすい英文なんだろうなと。子供、中、車。何々 in 何々 = 「何々が中にいる(ある)」のような。でも後ろの車のドライバーに伝わればいいのでというコミュニケーションの観点からすると、あのステッカーを見て(または読んで)、「ああ、子供がいるのね」とドライバーが認識さえすれば問題ないということなのだろう。伝わればそれでいい。英語の良し悪しなんて特に問題にするところではない。まあそうですよね。それと、英語的にもう少しわかりやすいCHILD ON BOARDのステッカーも見かけたことがある。あと、日本で使うなら一番通じる日本語を使えばいいじゃないか、とも思った。その標語、日本語でいいじゃない!と。でもそんな折、前を横切る車に貼ってあったのが「赤ちゃんが乗っています」だった。あるんじゃん、まああるよねそりゃあ。

ところで、日本人はこの手のサインが好きだなあと思う。赤ちゃんだけじゃない、よく見かけるのがレトリバーとかコリー、またはコーギーなどのペット系。熊出没注意!のサイン。この手のステッカーは黄色系。あとはアホが乗ってます、とかバカが乗ってます、とかのネタ系。「何とか」Inside!ってのも見たことある。ちなみに長年米軍基地近くに住んでいるけど、米軍さんが乗ってるYカーとかにCHILD ON BOARDなどのステッカーが貼ってあるのを一度も見たことがない。貼っている人はいるのかもしれないけど、特に気にしていないんだろうな、と。子供乗っけてようが何乗っけてようが結構すごい運転するし。

ふと、この表記、”Child in Car”って、英語圏で使われてたりするのか?と思い、知り合いのネイティブスピーカーたちに聞いてみたことがある。うーん、見たことないな…っていう反応が大半だった。
その一方で、こんな新聞記事が。この記事は確かウェブで教えてもらったものだと記憶している。確か、旧ブログのコメント欄かなんかで、米在住の人から教えてもらったんだと思う。その人は、アメリカでこの表記を見たことがあると仰っていたと記憶。
引用。

It’s interesting that although you see these “Child on Board” or “Child in Car” sings all the time, you don’t always see a child inside the car, the youngster is not always buckled up safely in a child-carrying seat, as required by law in many states.

なので、一応使われている”Child in Car”の表記。でも記事自体が1986年と古いので、現在でも英語圏で一般的かどうかは、件のネイティブたちの反応を見るにつけ明らかだとは思う。

ちょっとこのエントリ内容からはずれるけど、その方のコメントにこんな言葉があった。

現在私は途上国関係の仕事で、世界各国で使われる英語に接しています。日・英語以外ほとんどできない私は、英語の慣用については、否が応でも使用者の逸脱の許容度を高め、「聞き返す・確認する」ことをしながらコミュニケーションするコツを身につけざるを得ません。

これを目にしたとき、これは英語だけの話に限らず、言語を使用してコミュニケーションを図る、つまり人間全般のコミュニケーションに対して非常に大切な示唆となっているなと感じたことを覚えている。相手の考えが分からないと思う場合、または自分の考えが相手に伝わらないと感じる場合、お互いがきちんと理解し合えるレベルに達するまで確認作業を繰り返して結論まで辿り着くというプロセスが重要になってくる。
「君の言っていることが分からない」
「あなたの英語は間違ってる」
「僕はちゃんと言ったはずなのに」
こんなことを言う前に、まずはきちんと相手とコミュニケーションを取ろうとしたかどうかということを考えなきゃいけないわけで。

「あなたの言いたいことはこういうこと?」「自分のこの理解で合ってる?」と確認しながらお互いの理解を共通のものにしていくというプロセスそのものがコミュニケーションなんだろうなと。何言ってやがんだちゃんとした英語をしゃべってくれ、と訴えるより、「こういうこと?ああいうこと?」と確認し合いながらお互いの理解を共通のものにしていく努力を遂行そして共有するということが、コミュニケーションの本質なのかもしれない、と感じた。

ってことでうちの車にも貼るか、”Mother-In-Law in Trunk”っていうステッカー。

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