指摘の作法

何年か前の話で、知人同士の会話から。

ちょっと天然な感じのHMさんはうちの奥さんの友人で、英語を猛勉強中の奥さん。その天然さ加減と負けん気の強さが織り成す彼女の反応はまあまあ面白かった。で、ある日、HMさんとうちの奥さんらを含む何人かで会話していた時の話。
HMさんは、僕が言ったジョークがたまにどうにも理解できないということを、英語勉強中に覚えたらしい単語 “upset”(混乱する、動転する etc.)を使って、日本語・英語交じりで「ジョーク言われるとupsetするのよねー、特に意味分からないジョークは!面白いし楽しいんだけどさー、負けたくない!アハハ」と笑いながら言った。僕がよく飛ばすジョークというのは、まあコミュニケーションの範囲内で、主に会話を楽しくするという意図に基づいているので、特に相手をなじったり傷つけたり中傷したりするという意図はまったくない。なので、彼女もそれは分かっているものの、立て続けにジョークを言われると混乱するよーという意味で、件の単語である “upset” を使ったのだと思われる。自分にとっては、その単語の用法に関しては特になんとも思わなかった。意味はきちんと通じたし、英単語を日本語と一緒に使うのは無理があるのではないでしょうかウンヌンカンヌンなんて言うことも考え付かなかったし、むしろ、少しでも覚えた単語を使いたいから使っているんだろうな、と微笑ましく思ったほどだった。

そして、その会話の場に一緒にいた自他共に毒舌家と認めるEKさん、彼女はすでにうん十年の英語学習暦を持っており、HMさんよりは英語が使える。いわば英語学習暦・英語使用暦でいえば、HMさんよりは先輩にあたると言える(実年齢でいうとHMさんの方が先輩なんだけど)。EKさんがそれを意識していたかどうかはわからないけれど、HMさんの「upsetするのよねー」というこのセリフに彼女は一言申し上げた。
「あのね、upsetっていう単語は形容詞だから、“upsetする”っていう言い方はおかしいの。“upsetになる”、って言わないと駄目だよ」と彼女。
HMさんは「あ、ああ、そうなんだー」と答えていたが、僕を含め他人のいる前で自分の間違いを指摘されたことに少し恥ずかしく感じている様子だった(少なくとも僕にはそう写った)。そして少し気まずい沈黙が流れた。とそこで、即座に僕の頭の中で黄色信号が点滅した。

upsetは形容詞だ。そしてEKさんの指摘は正しい。「混乱する、動転する」と言いたい時などに使われる単語で(be upset)、「イライラし始めた」などの状態への変化を表す時には get upset, become upset, grow upsetと表現したり。 よって、日本語風に表現すれば「upsetになる」とした方が、確かに正しい。だけど別の言い方をするのなら、この単語は同時に「形容詞でもある」。この単語、名詞でもあり形容詞でもあり、自動詞でもある上に他動詞でもある。そしてそれぞれの品詞によって意味が微妙に異なる(発音も異なります。動詞では”Λpse’t”、名詞・形容詞では”Λ’pset”)。動詞としてこの単語を使用する場合には、動揺させる、狼狽させる、などの意味があり、名詞では、番狂わせ、混乱状態などの意味がある。そして形容詞としては例外もあって、普段は名詞の前に置いては使えないのだけど、“upset stomach”で胃がムカつく、胃の調子が悪い、という意味にもなる。で、もしHMさんがこの単語を動詞の意味で使っているのなら、upsetする、という言い方はアリってことになるわけで、その辺がちょっと引っかかったのが正直なところ。まあそもそも、英単語と日本語を一つの文章の中で混在させているという時点で、その用法は合ってるだの合ってないだのという指摘や議論は成り立たないと思うんだけどなー、という思いもある(というか、こっちの思いの方が強かったりする)。

まあでもね、英文法とかそういうものについてはどうだっていいんだよ。黄色信号点滅の理由は、ずばりその指摘に至る過程と指摘の方法。一つの英単語が、同じ綴りのまま複数の品詞に分かれていたり複数の意味を持っているということは多々あることで、辞書などで調べれば分かる。きちんと正しい指摘をすることは、間違った概念を持った相手のためにもなるので有用なことだとは思うんだけど、指摘をする前にちゃんと調べとこうぜとも思った。件の単語でいえば、別に形容詞だけとは限らないわけで。自動詞・他動詞としても存在しているし、名詞としても存在している。だから、指摘する時に「その単語は形容詞だから」としてしまうと、言われた人には「形容詞しかないのか」とも受け取られかねないし。まあ、EKさんも(形容詞の他に別の品詞としても使用されているということを)すでに知っていたのだろうとは思うけど、「形容詞として使うのなら」とか前置きした方が、ビギナーなHMさんにとっては優しかったかもなーとか思った。

それともう一つ。別にHMさんは英語で話していたわけじゃないし、その会話の場に英語を話す外国人たちがいて「What??」と首をかしげていたわけでもないし、ただ普通に自分の意見を言っていただけ。で、その場にいたみんなで会話してただけ。HMさんの言いたいことはその場のみんなには伝わっていたと思うし、少なくともそのセリフの矛先である僕自身には伝わっていたわけで、あえてその中で使われていた英単語の使用法を正すというような指摘は必要なかったと思う。そう、仮に気になったとしても、そこはスルーで全然構わなかったんだよ、と。会話をせき止めてまで指摘することはないんじゃないかなーと思ったんだよね。彼女の指摘はHMさんが英語で話していたのなら成り立つかもしれないけど、そもそも英単語を日本語文の中にごっちゃにして使って話してたのだから、もうその時点で文法がどうとか品詞がどうとかって話じゃないって気がする。さっきも書いたけど。

もちろんEKさんの側に立って考えると、彼女はHMさんのその英単語の使用法がどうにも納得いかなかったのかもしれないし、HMさんの英語学習の一助になればという思いでそう指摘したのかもしれない。だからEKさんとしては、至極全うな指摘をしたのだと考えていたかもしれない。だけど人に対して何かを指摘する時の作法っていうのがあると思うんだよな。相手に伝わりやすいように指摘するとか、相手の感情を慮るとか、その場の状況を見るとか、その後の人間関係を考慮するとか、自分自身の指摘の内容に気をつけるとかその他諸々。EKさんには、HMさんに恥をかかせてやるなんて意図はなかったと思うんだけど、それでも結果的にHMさんは恥ずかしそうにしてしまったしその場には沈黙が流れてしまった。EKさんの指摘という行為は、それほどインパクトのある行動だった、と。

でその時に頭の片隅で思い出していたのがこの記事:「正解を知っていても、あえて黙っている方がよい状況を知る」
あとこのツイートも核心突いてるなあと。

自分の周りにはいろいろと面白い示唆をくれる人たちがいて勉強になるなー、ホント。

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2 thoughts on “指摘の作法”

  1. 純粋な?日本語だって「キレイキレイしましょうね」ぐらいあるのに、と反射的に思いましたです。
    形容動詞の語幹の重ね型がサ変動詞になって滑稽だなんて指摘は見聞きしたことがありません。
    私だったら(英語できないけど)「何それこっちがupsetだよー」ぐらいにするのかな、こういうとき。

    Reply
    • >ふわもこさん
      「キレイキレイしましょうね」確かにそういうのありますねー。納得。
      指摘する時って(個人的には)自分の言うことをよく考えてから、多角的に見てからじゃないとできないと思ってるんですが、まあこの事例、人の振り見て我が振り直せと思っていい勉強になりました。

      Reply

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